札幌地方裁判所 昭和35年(ワ)601号 判決
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〔判決理由〕一 原告らと被告との間の雇用関係発生に関する請求原因事実、事実摘示第三の二の1の(二)において、被告が主張する連合国最高司令官の声明及び書簡が発せられた事実、被告が三井炭鉱労働組合連合会との間で整理某準等を含む本件整理に関する協定を締結し、これが美唄労働組合代議員大会において承認されたこと等に関する同第三の二の2の(二)の事実及び右協定に従つて被告から本件通告が発せられ、これに対し原告吉岡を除くその余の原告らを含む一七名から退職届の提出があり、原告吉岡ら退職届不提出者に対しては特審手続が行われたこと等に関する同第三の二の2の(三)の事実はいずれも当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、連合国最高司令部は前記声明及び書簡が発せられた後、報道機関及び被告石炭産業経営者を含む国内重要産業の経営者に対し占領政策達成の措置として企業内の共産主義的破壊分子及びその同調者を自主的措置によつて排斥することを強く要望したこと、当時の占領下の我国にあつては占領政策としてのかかる要望は事実上強い拘束力を有していたので、被告はこれにそうべく特に企業を阻害するものを排除することを主眼として前記のように整理基準を設定し、労働組合とも協定の上本件整理を実施するに至つたことが認められる。
二、ところで、前記争いのない事実から明らかなように、本件整理は、先ず「事業の正常な運営を阻害する共産主義者又はその同調者」なる整理基準に該当すると被告が認めた者に対し昭和二五年一〇月二一日付をもつて同月二三日(その後二四日に変更された)までに退職届を提出することを勧奨し、これに応じない者は同月二一日付で解雇すると共に、基準該当者には法定の予告手当(平均賃金の三〇日分)、従業員退職手当規定の会社都合解雇による退職手当及び一ケ月以内に社宅(寮)を退去する者については所定の帰郷旅費を支給し、勧奨に応じて退職届を提出した者に対してはこのほか平均賃金二ケ月分を特別加給として支給し、一方、不服ある者に対しては特審手続により救済の途を開くこととして実施されたものであり、しかも実施に当つては、基準該当者に対しては退職届提出勧奨と共に右諸手当支給の旨も告知されており、更に<証拠>によれば、被告は基準該当者に対し本件通告に対し不服ある場合には前記特審手続の申立ができる旨をもあわせて告知していることが認められ、また、その告知の方法は、<証拠>によつて認められるように、被告の労務課外勤係の職員が基準該当者方を戸別に訪れ、本人又はその親族に通告の内容を説明し、通告に不服ある者は労働組合に出向いて相談するよう附言して、本件通告書を交付することによつてなされているのである。しかして、本件通告は被告から基準該当者に対して退職届提出を勧奨することによつてなされた被告との雇用契約の合意解約の申込の誘因であると共に、右申込がなされないことを条件として基準該当者を解雇する旨の停止条件付解雇の意思表示であると解せられるところ、前記のような経緯の下に本件通告を受けた基準該当者である原告ら(但し吉岡を除く)が右勧奨に応じて前記争いのない事実のように被告に対し退職届を提出し、これに対し被告が前記諸手当を支払つて右退職届を受理し、かつ、その際、右原告らが雇用関係を終了させるにつき明白な異議を留めたと認むべき証拠のない以上、これによつて、右原告らと被告との間において雇用契約を解約する旨の合意が成立したものと認めて差支えないものというべきである。
三、原告吉岡が本件通告を受けた後退職届を提出せず右通告を不服として特審手続の申立てをしたものの容れられるところとならなかつたことは当事者間に争いがないから、同原告は昭和二五年一〇月二一日をもつて解雇された扱いを受けることとなつたが、同原告はその効力を争つている。しかし、<証拠>によれば、同原告は、その後昭和二五年一一月八日被告から退職金一万〇、九一二円及び予告手当金七、七一六円をいずれも本件通告に示された退職金及び予告手当であることを知つてこれを受領したほか、その頃所属労働組合から餞別金三万円を受領したことが認められる。このように、解雇の意思表示を受けた労働者が企業内で特別に認められた手続でその効力を争いそれが容れられないことが確定した直後頃雇用関係の終了を前提として支給される退職金、予告手当等をいずれもその金員の性質を承知した上で受領した場合には、右労働者は、その解雇の効力を承認し、今後右効力を争わない意思を使用者に対して表明したものと認めるべきである(現に、本件において、右退職金等受領以来本訴が提起された昭和三五年九月八日までの約一〇年間近く、同原告が右解雇の効力を争う態度を示したものと認むべき証拠が存しないことからみても、同原告が右解雇の効力を承認していたことを十分に推察することができるのである)。従つて、同原告が被告に対しもはや右解雇の効力を争い雇用関係の確認を求めることは信義則上許されないと解するのが相当である。
四、原告らは、合意解約又は解雇の承認の前提となつた本件通告は原告らを整理すべき具体的理由を示すことなく、原告らに対し諸手当(退職届提出の場合は予告手当、退職手当、帰郷旅費及び特別加給金、退職届不提出の場合は上記のうち特別加給金以外の諸手当)を受領して合意解約又は解雇の途を選ぶか、さもなくばこれら諸手当を全く受領しないまま解雇されてその効力を争うかの選択を迫るもので、最後の途を選ぶことは死を選ぶに等しいものであるから、公序良俗に違反する旨主張する。<証拠>によると、原告らはいずれも被告からの賃金によつて自己及びその家族の生計を支えていた者であることが認められるところ、当時の社会状勢の下にあつては原告らのように前記連合国最高司令官の書簡を契機に企業から排除された者が再就職をすることが容易でなかつたことは推測に難くないところであるが、それだからといつて、なんらの金銭的補償もなく解雇されたうえでその効力を争つたとしても、そのことにより直ちに生活手段のすべてを奪われたものとまで断ずることはできず、かかる事情を認むべき証拠もない。しかも、かえつて、前記争いのない事実によれば、本件通告はそれに不服ある者に対しては特審手続の申立を認め、審理の結果整理基準に該当しないと認められた者に対しては原状回復措置をとり(争いない事実によれば、申立者全員について審理され、その半数の八名については回復措置がとられている)、雇用関係を継続させることとしているから、本件通告は原告主張の途以外にその受領者に対しなお企業内に残る途をも開いていたものということができるのである。以上の事実によれば、本件通告が生か死の選択を迫る公序良俗に違反したものということはできない(なお、解雇通告をするに際し、その理由を示すことは解雇の有効要件ではないから、本件通告においてこれが示されていないとしても、それによつて本件通告の効力が左右されるものではない)。
五、以上によれば、被告と原告吉岡を除く原告らとの間の雇用契約は合意解約によつて終了したものというべく、原告吉岡は解雇の承認によつてもはやその効力を争い得なくなつたものというべきであるから、原告らの本訴請求はいずれも理由がない。(松野嘉貞 鈴木康之 岩垂正起)